この年齢になると本当によくわかる。
沢山笑ってしゃべって泣いて。。青春時代を共にした学生時代の友人達はかけがえのない宝物。
特に親友は、私の事は何でもお見通し。
今回は誰にも言えなかった辛い過去の話も。

 

毎年GWの重大恒例行事?

GWは女子会三昧。
すっかり毎年恒例行事となった高校時代の仲良し友人達との集い
皆、子育てで忙しい時は年賀状だけの付き合いになっていたけど、一段落して集まるようになったら思いのほか楽しくて毎年の恒例行事になっている。

 

いつも言い出しっぺは私。

しかし25年前に世田谷区民になってしまた私は余り横浜のお店を知らない。
独身時代よく行ったお店は既になくなっていることが多いもの。
だからお店を探して予約してもらうのはいつも横浜在住の友人にお任せ。

さて今年もばたばたしていて数日前に急に皆に連絡をした私。
「今年はまだ連絡がないな~!て待っていたわ。」というお返事。
お店は昨年も予約した横浜スカイビルのクルーズクルーズ!
眺めも良くて広くて11時半~15までいる事ができるコスパも良いランチビュッフェ!
GWだから中々全員が集える事は少なくて、今回も2名欠席で5名の参加。
高校1年の時同じクラスだったメンバー、高2の時同じクラスだったメンバー、高3の時同じクラスだったメンバーと不思議な組み合わせだけど、夫々クラス替えするたびに友人が重なっていて、まさに類は友を呼ぶ状態で全員仲良し♥

 

愛すべきメンツの中身は?

独身でずっと正社員として卒業後から同じ会社で働き続けている友人、寿退社してずっと専業主婦をしている友人、寿退社後、専業主婦して子育て一段落後に社会復帰した友人、子育てをしながらパートをしている友人、夫の家業を手伝っている友人、など立場は様々。。
私は友人の中でも一番乗りで結婚したけど、まだ下の子の子育て真っ只中。寿退社後専業主婦を10年以上した後、いきなり正社員で社会復帰をし、ずっと働き続けて起業してと、一番慌ただしくて余裕がない人間かもしれないわ。(笑)

もう父親を亡くしている友人が圧倒的に多いけど、介護をしていたり、年老いた親の心配をしたり、本人が大病を患いながらも皆夫々楽しみを見つけて生きている感じがまた嬉しくもある。

そして何と言っても一番なのは、卒業して30年以上経っても、皆で集まると一瞬のうちに高校時代に戻れちゃう不思議さ!

高校時代って結構不器用で、とがっていたりもしたけど、バイトしたり、恋をしたり、部活をしたり、夫々悩みながら過ごしていた日々が全て笑い話になってしまうから、人間長く生きていると良い事あるなと思う。


高校時代の思い出

そういえば朝の学活後、学校を脱出して電車に乗って鎌倉駅で降りて由比ガ浜海岸で遊んで、帰りの学活にはテカテカに光った顔で戻ってきたっけ。(何故か私だけ、授業中にいなかったのがばれて怒られた)

テストの最終日(部活が休みになるので)に水着持参で制服のまま学校帰り逗子海岸に行ったり、はたまたテストの最終日にバスに乗って関内で降りてシェーキーズのピザ食べ放題のあと山下公園に行ったり元町に出たりと、浜っ子ならではの青春時代を過ごせたことを懐かしく思い出す。

3時間半なんてアッという間。
まだみんな名残惜しくて、高島屋のデパ地下で家族にお土産を買う友人に付き合いぞろぞろついていく始末。(笑)
来年と言わず、今日来れなかった友人のためにもまた近日中に集まろうね!とさよならした。

高校

私にとってなくてはならない存在の親友

そして私の一番の親友ふみこ
皆がビュッフェを取りに行って2人きりになった時、年に1回しか会わなくても、私に何かあったのか察して、話を聞こうとしてくれる。
彼女は高校時代からずっと変わらず、私がどんなにおかしな行動を取っても、間違った方向へ走っても、心配しながらも優しく見守ってくれる
絶対に私や私のやることを否定しないし、怒らない。
そして私が自ら正気になった時に、いつも大切な事を言ってくれる
今回も「まるこちゃん(娘)、まだ中3だから、あと4~5年は大事に育ててあげて欲しいな。こなみ(旧姓)は魅力的だから大丈夫!」
もうそれだけで十分、彼女の言わんとしていることは分かる。


一生忘れない親友の恩

亡くなった妹が高1の時、長年仲が悪くて、私たち子ども達をネグレストしていた両親が、離婚をした。
もう筆舌に尽くしがたい程の酷い離婚劇で、地獄のような日々だった。
自分や我が家の恥になるから他人にも言っていなかったが、親友のふみこだけには打ち明けていた。
そして、家庭のせいでせっかく入学した進学校に行かなくなった妹に対して、親らしい事をろくにしてこなかった母親が強く叱責した翌日深夜、ガス管を捻って自らの命を絶とうとした。

ただでさえ毎日信じられない事件が続いた上、呆然と力をなくしていた翌早朝、ピンポンと玄関が鳴って親友が大きな袋をかかえて立っていた
「ガスが使えないからお料理できないと思って。」と近くのコンビニで買った、すぐに食べられる食料品が大きなビニール袋いっぱいに入っていた。
そして「りっちゃん(妹)、退院したら我が家にしばらく泊まったらどう?ってうちのお母さんも言っている。」と。
小さい頃、家庭の事情で親戚の家に預けられ我慢して良い子にしてた妹の気持ちを、同じ経験をしていた彼女のお母さんは痛い程理解して心配していた。
自分の家だって母子家庭で大変なはずなのに、お母さんも彼女も本当にどこまでも優しい人だ。

それから5年後、本当に妹が亡くなってしまった時、親友だけでなく、彼女のお母さんも心底悲しんで嘆いていた。

私がこうして無事に生きていられるのはこの親友のおかげだと思う。
だからこそ彼女のアドバイスは素直に聞こうと思える。

良妻賢母で結婚して20年以上たってもご主人と仲良く、子供たちも良い子に育っている。
こんな親友が誇らしくもあり、そしていつも不安になりがちな私を安らかな気持ちにさせてもらっている。

本当に大好きな愛しき友人達、こんな私とずっと仲良くしてくれてありがとう。(o^―^o)